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旅支度

 今回はキャリーカートなしRimowa Combi-Pilot(3.8 kg)とTumi Alpha East West Totebag 26197(1.4 kg)とでヨコハマシティーへ乗り込んだのだった。
 これまでは、サイアンティフィックミーティングに紙焼きの冊子体のプロシーディングスを持っていくのは常識であって、それを忘れたとなると何のために来たのかと小一時間問い詰められかねなかったが、今回はじめての試みとしてアプリが配信され、iOSまたはandroidバイスを持っていけばすむようになった。というので、12.9 inch iPad Pro(720 g)を持っていって(見せびらかして)、本当に楽になったと感じた。
 プロシーディングスの方はそれでよいが、会場内のLANにつながっているとメールでのお問い合わせも着信するので、迅速に応答しなければならなくなり、どうしてもキーボードのあるMBA(1.8 kg)が手元にないと安心できないということになる。
 この2枚をTumiに入れてショルダーベルトで提げると総重量4 kgで、片方の肩にかなり食い込むのである。満充電して搭乗するということでACアダプタ(186 g, 306 g)は(Rimowaに入れて)貨物室に預けてしまうのであるが、それ以外にRimowaに入れた荷物は着替えの下着とワイシャツだけであった。
 そこで考えるのが、わざわざTumiを片方の肩に提げて重さに辟易し、さらに片手にRimowa Combi-Pilotを提げて持ち歩く必要があったのかということだ。
 すべてをUnited Classy 3 wayバッグ(807 g)におさめて背負っていったとすると、持ち運ぶカバンの重量が4.4 kg節約できて、オールインワンで機内持ち込みになったはずである。国内の二泊三日の出張ならこんな感じでよいということだ。

直行リムジン

 今回の懇親の宴の会場に移動しながら、前に一度ここに投宿したことがあったような気がしてきた。
 メール、Evernoteには記録が残っていないが、13年前の今頃YCAT経由みなとみらい線でたどりついた記録がある。元町・中華街駅で下車したのだろうか。その時はタワーの11階の部屋に投宿したとの記録があるが、これはおそらくマッカーサーチャップリンなみに厚遇していただいたということである。たった13年前のことなのに、詳細は不明である。帰りは渋谷経由で、サンポーカメラへの登頂の途中、車で通りかかったクライアント様(当時)に目撃されていて後日びっくりさせられたことがあった。こういうのは大変稀なこととして記憶に残りやすいようである。
 今回往路は前回同様羽田からYCAT行きリムジンバスに乗って、YCATで下車してから高島平駅みなとみらい線に乗るまで右往左往して、認知機能の衰えをいやでも痛感させられた。
 早朝の散歩で、帰りはどうしようか、重い荷物を持ってヨコハマ地下街の喧騒の中をウロウロしたくない、と考えながら歩いていて、その帰りにホテルニューグランドの向かいに空港までのリムジンバスの停留所があることを発見。これならドアツードアで戻れると喜んだ。webで予約して、モバイルSuica決済で乗車。これは便利である。
www.hotel-newgrand.co.jp

OTISエレベーターの飛天

 以前チョートク師が氷川丸の1000ページの写真集のための撮影をされていた頃、ホテルニューグランドのオーチスエレベーターの飛天像がブログに掲載されていた。
 飛天が舞う空間の中心に時間軸があるのが哲学的である。筆者はひと目で、これが人生の終着点で見る風景と確信した。チョートク師のブログでの公開は絶えてしまい、今回実地撮影に赴くことが最重要のミッションであった(とはかなり言いすぎであるが)。
 この図柄は公式ホームページのトップページにも登場するのに写真集のページでは、大階段や時計の背景として掲載されるにとどまっていて、仔細を拝見できる画像はなかなか見つからないためである。
 昨夕は宴会のお客様がいて、中華街出遊から戻ってきてみると照明が落としてあって観られなかった。
 今朝は早起きしてゆっくりと鑑賞することができた。エレベーターを降りて振り返るとそこに飛天が舞っているのである。ずっと螺鈿細工と思いこんできたが、これは正絹織物と思われる。フォーカスを外し、結局は仔細を拝見できない画像である。もし再撮の機会があるなら、三脚を使って絞り込んで、織り目がわかるくらいの解像度できちんと撮りたいと思う。
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 飛天から数十mのところで寝起きした三日間であった。

ANAの機内安全ビデオ

 出発のときにはうとうとしていて、見過ごしてしまったが、羽田到着後に前方のお客様が降りるのを待っている時に流れたメイキングビデオに目が釘付けになってしまった。
 お急ぎのところ申し訳ありませんが航空法上流さないと離陸の許可が出ませんので的なものが、ここまでエンタテインメントになるとはすごい。
 昨年12月1日に制服が変わるのに合わせてリニューアルしたとのことである。どなたかわからないが最初にこれがひらめいた時はさぞ愉快であっただろうとうらやましく思う。
www.youtube.com

ヨコハマシティーへの旅

 最近夜早く眠くなって、朝暗いうちから目が覚めるという一人時差生活をしている。
 それで、今朝も朝焼けになる前から起き出す。
 快晴であるので、出張でなければスターフィールドフォトを撮影に行きたいところである。
 余裕で朝8時発のNH242便に搭乗して気がついたのは、快晴であるということは窓から地上の風景を観察できるということである。
 55A席から朝倉市の九州北部豪雨で崩壊した山肌にため息をつき、その後何か多島海が見えるなと思ったら高縄半島を一望でき拡大すれば筆者とCEOの元実家の屋根が写りそうなところを飛行していて感激する。GPSデータではちょうど桜三里の上空1万mである。

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view from NH242
 その後、岡山、徳島、大阪から奈良、名古屋、知多半島を経て、雲の上に頭を出した富士山頂を撮影。

令和元年のビーチコーミングその2

 4時すぎに目が覚めて、朝風呂に入ってGoogle mapを眺めるうちに、気分が高揚してきてビーチコーミングに行こうという機運が高まった。
 無患子の実があと84個足りないのを、ハコザキグーシュラインに行けば拝領できるのではないかと思ったのである。樹の下で見上げるとまだまだ実はかなり残っていた。しかし、箱崎線の終点貝塚駅まで行って、西鉄貝塚線を乗り継いで、終点の新宮駅まで行ってまだ歩いたことのない新宮海岸を歩いてみたいと思うようになった。乗り換えはFWUから帰ってくる時に経験ずみなので、逆方向でおさらいすればよいだけのことである。
 というので、3番のバスでニシジンに出て、貝塚行きに乗って西鉄貝塚線で終点まで行くことにする。
 単独でビーチコーミングに行くのははじめてである。漁船の電球が出てきても持って帰られるバッグは、North Face Base Camp Daffle Sしかない。というので、これにビーチコーミングの七つ道具を入れて出発。七つ道具とは、折りたたみ傘、合羽、ビニール袋、帽子、タオル、ジャンパー、ミネラルウォーターのPETボトル、時計・カメラを兼ねた携帯電話、Lapua Kamaaマリンシューズ日焼け止めNeutrogena UltraSheer Dry-Touch Sunblock SPF 100の九つ道具になる。
 ティッシュペーパーを忘れたことに気がついて、現地のコンビニで調達しようとしたが、新宮駅周辺にはコンビニがなかった。現地調達したのはミネラルウォーターのみである。また、ウエストバッグかベストを着ていくべきであった。今後はビーチコーミングセットを組んで思い立った時に忘れ物がないように準備しておくことにする。
 新宮駅から、ハルゼミのなく松林を抜けて新宮海水浴場に出る。波打ち際沿いに採集しながら進み、青柳川河口に到達。ここは古賀水再生センターの脇を通って少しさかのぼり、橋を渡らなければならない。対岸の花鶴ヶ浜公園から古賀海岸、花見海岸の波打ち際を歩く。西郷川河口に到達。福間漁港が対岸に見える場所であり、ここから津屋崎までは2年前に歩いたところなり。一応3年がかりで海の中道から津屋崎まで通しで歩いたことになる。
 収穫としては、ビーチグラス、陶器の破片多数。分布にムラがあり、一つ見つかったら周囲を見たほうがよいようである。陶器については、沖で運搬船が難破したことがあったのだろうか。大きな収穫としてアオイガイ2個、2年前に採集したものよりかなり大きいのと小さいのが一つずつ見つかった。
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 電球は1個も見つからなかったが、これは海流の加減でこちらには寄らないのか、先行する方が採集してしまわれた後なのか、海岸清掃で取り除かれてしまった後なのか、わからない。
 福間の町の中を移動してコメダ珈琲店で遅めの昼食をとり、福間駅からJR鹿児島線快速荒尾行きに乗り、千早・貝塚西鉄から箱崎線へと乗り換え、ハコザキグーシュラインに参詣。
 

刑事コロンボ 第53話《カミさんよ安らかに》

 ストーリー、構成などについて特に記載の必要を認めないが、犯人がATMを操作してアリバイ工作をしているのが、今なら監視カメラでバレているはずである。1994年頃にはぎりぎり通用したトリックと追加説明が必要になるのであろう。
 ところで、時代を越えても通用するシーンを一つ見つけた。コロンボが犯人の主治医の精神科医が食事しているレストランに押しかける際の夜出発の離陸シーンである。ジェットエンジンの排気が背景の満月の月面を擾乱する様子が捉えられている。
www9.nhk.or.jp

タンボーシーズン13 3日目

 雨の朝となる。
 無事にタンボーできますようにとオクシダ様に祈願した。
 その甲斐あって、午前中つつがなく終了。
 その後ニシジン界隈に移動し、例によってクロスプラザで昼食をとり、アイス珈琲でブレークしながらメールチェック。
 お昼からもつつがなく終了。
 その後聖書植物園を散策していて、アーモンドの実が落ちているのを2個拝領する栄に浴す。
 高揚した気分で3番のバスで帰宅。
 CEOはアルゲリッチ音楽祭に出かけており、「ニンニクたっぷり炒飯の素」で夕食を作って食べて刑事コロンボを観ているうちに寝てしまう。