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Mac mini (mid 2011)の480 GBハードディスクを960 GB SSDに交換(2)

 サービス出勤の出勤時刻を早め、昨日アストロ工具店で調達したT6とT8を用いて、集合時刻5分前にハードディスクのSSDへの交換作業を終了して蓋を閉じてほっとしたら、一つパーツが余っていた!
 準備集合をこなしておいてから、もう一度パーツを付けなおして、タイムカプセルの古いやつからリストアを実行。
 4時間ほどで終了して、試験稼働させてみた感触では、Google日本語入力も筆者のタイプに待ち時間なしで追従してくるようである。
 ハードディスク容量が増えたので、Dropboxのフル収蔵も可能になったが、リストアが始まるとファンがスピンアップしてたいへんうるさいのが、明日からの実戦投入においては困る点である。

コンピュータ事始め

 筆者が1983年に大学を卒業した年、岡山に赴任し、一年後にFujitsu FM-11AD2を購入した。先週の倉庫の整理の際にその時の領収書などは出てこなかった。その次にサードパーティが68008ボードを載せて68000 CPUでLispの使えるFM-11AD2+を購入した。これらのFMシリーズは岡山市の西古松から東山官舎に移る時に処分してしまった。Basic09でプログラムされたELIZAのソースの載っている本は見つからなかったが、後に別冊I/O CPU5(工学社1984年6月15日発行)と判明。おそらく古本屋さんに持ち込んで、値段の付かないものとして放棄してきたものと思われる。
 1987年にはSmalltalk-80が使いたくて、Smalltalk-Vの走るMS-DOSマシンとして日電PC-9801V21を購入した。当時16色のカラーグラフィックスが通常の仕様であったので、C言語でプログラミングして計算したフラクタル画像を3原色それぞれに16階調で表示させ、Nikon F2で多重露出してフィルム上で65564カラーを実現したものであった。
 その後1988年1月にMacintosh IIを購入した。Mac IIはその後FDドライブをアップグレードしながら6年間使用し、その後PowerBook 190購入時に下取りに出した。当時週一回仕事に出ていたので、前泊先でも使えるようにMacintosh Portableを買い足し、さらにMacintosh DUO230に買い換えて大変重宝した。DUO230本体には当時ファイルのやり取りの標準的な手段であったフロッピードライブもなければCDドライブも付いておらず、USBどころかPCカードさえ装備されていなかった。ソフトの実装やデータのやり取りにはAppleTalkという、電話線を用いたローカルエリアネットワークを介して他のデスクトップMacとつないで、ちょうど今のMacbook Airと同じような使い方をしていたことになる。

コンピュータ廃棄準備

 倉庫整理では、このPowerBook 190をはじめ歴代のIBM ThinkPad 220, 360、Let's Note S31、DEC HiNote Ultra IIあたりが出土した。屋根が葺けそうなくらいとは筆者お気に入りの表現であったが、プラスチック類は経年変化ですっかり脆くなっており、瓦の代わりには使えそうもない。抜き取ったハードディスクからコントローラー基板を外し、物理的に破壊する作業を、トルクスドライバーなどを用いて行なう。
 引き取りはネットでリサイクル業者さんに依頼。

本棚整理

 二階の上の子のクローゼットに埋蔵されている本の一部を選んで持ち出す。最後に並べたのは13年も前のことになるが、リビングの本棚とで上下巻が別れていたりすることに気がつく。主に岡山市の西古松の家に住んでいた当時、林語堂書店(2008年3月31日閉店となむ)で購入したものが多い。週刊西洋絵画の巨匠シリーズが豪華バインダー付きで出土して、CEOとため息をつきながら余裕のあった当時を思い出す。