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枚挙と網羅

 昨晩寝る前に石井忠《漂着物の博物誌》を読んでいて、《漂着物事典》と違ってかなり違和感を覚えながら読んでいることに気がつく。
 漂着物を五十音順に枚挙していくと《漂着物事典》ができるのだが、これを体系づけて整理して編集すると《博物誌》になるのであろう。しかし、漂着物を枚挙していっても、あくまでも相対的な網羅性にとどまるのではないかと感じるあたりが違和感の源かと思われた。
 それにつけて思い出したのが以前ゲノム微生物学会ブログで見かけた吉川寛先生の「網羅と枚挙」である。今では原文を読むことができず、またなぜかEvernoteにも見当たらない。一生懸命検索して見つけた著者自身の要約によれば「生物現象には有限なものはなく、それを個別に枚挙する研究は重箱の隅をつつくようなものに陥りがちな枚挙の生物学だと戒められてきた。ところがゲノム情報は有限であることが明らかになり、網羅的研究が初めて可能になったーいわばパラダイムが変化したのだ」、Debbugin' everyday氏の引用によると原典の一部は「人工物と異なり、自然には原子から宇宙まで網羅できるものなど存在し得ないから、網羅とは所詮相対的なものだと思われていた。ところがゲノムの解読が行われて、その常識的感覚が覆った。情報量が巨大だから、あまり気にかけていなかったのかもしれないが、ゲノムの塩基配列は、当たり前だが有限なのである。」というふうになっていたようである。
 後日記>dropboxをたどって当時のsgmjブログのスナップショットを発見したので、歴史的画像遺産としてここに掲示しておく。全文をダウンロードしたりしてないかと探すに、これはたずねあたらず。ブラウザのキャッシュをたずねるべきか。また、たまたまカピッツア先生の《科学・人間・組織》の廉価なのを入手しようかと迷っている時に、吉川先生が本書の内容も引用して「科学と科学者についての名言集」を作っておられるのを発見。
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