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骨董品買いの行動経済学2 ネットオークションと審美眼

 筆者はこれまで骨董蒐集という領域にはまったく関心がなかった。
 前任地では外国からの賓客などへのお遣いものを調達しに備前焼の後楽窯にたびたびお遣いに行かされた。大広間にかなりの数の作品が並んでいるのを端から端まで見ていくと、どんなものがよいかという「絶対音感」はなくても、目の前にある二つのうちのどちらがよいかという比較を積み重ねる「相対音感」でかなり高い精度と再現性とで自分の好みに到達できることを悟るという貴重な体験をさせてもらった。
 帰りに座敷でお茶を出してくださって、どれか一つ好きな湯呑みを持って帰ってよいと言われて、ちょうどお茶を飲んでいる湯呑みを所望して呆れられたこともあった。粘土の塊を器壁にくっつけて焼いて窯の中で模様を出す技法で、思いがけずちょうど夕陽のような茜色の丸がくっきり浮かび上がった珍品で、今も大事に使っている。窯元の奥様はペアでないと売り物にならないので賄いものに使っているような口ぶりであったが、お茶を嗜んでおられたミヨコばーちゃんには評価が高く、来られるたびに慈しんで使ってくださったことを思い出す。
 今回首尾よく落札した半筒茶碗は、ビーチコーミング海上がりの半筒茶碗が見つかるまでのつなぎである。「伊万里」と「茶碗」でヒットしたおよそ2000件の出品リストのうちで、筆者の求める形状とのパターンマッチングで捜していって、唯一条件を満たすものであった。どうもこの形状は出品数がそれほど多くないようである。
 一方、常時2000客くらいの抹茶茶碗が出品されていることもわかった。遺産整理や生前整理されたコレクターの収集品が多いようである。拝見していると筆者のような素人の目にも、ピンからキリまであることは何となくわかる。目利きになったと勘違いしているのではないにしても、インターネットオークションの発達以前に、2〜3時間のうちに2000客くらいのお品を拝見して眼力を養うのはまず不可能であったと言って間違いあるまい。これは違った意味での機械学習であり、エキスパートシステムと言えるのではないだろうか。
 在庫売り切りセール品の中にもかなりキラッと光り、刺さってくるものものがある。
 茶道教授の客員ビジネスパートナーに年一回お点前のご指導をいただく日には、当社保有の30個ほどのお茶碗を蔵出しするのであるが、そのレパートリーに寄贈することを念頭に、数個選んでビッドを入れた。ただしルールとしてはスタート価格1,300円以内のものにとどめ、どなたかに逆転されたら断念する、ということにした。
 というので、4客ビッドを入れて3つまでは順調に落札。しかしここで、博多文琳クローンを手に入れたいという欲望がふつふつとたぎってくる。本物は、日本の国半分の値で買い取るという秀吉のたっての願いを神屋宗湛が固辞したというのであるから、今ならさしずめGDPの半分として273兆円以上ということで、現在は福岡市が所蔵しているのでこれはもう手の届くようなものではない。文琳茶入として出品されている中から似た雰囲気のものを安価に調達しようという試みであるが、うまくいくかどうか。
 後日記(2019.8.15)>文琳とは林檎のことを言ふ也。博多文琳とは異なり、黒林檎であるが、何度も競り合ってついに開始価格の倍のところで落札。